丁酉歳神無月 中置にて

 

床 昭隠和尚筆 消息

十月は人恋しくなるからでしょうか 茶席では消息(手紙)を軸装にしたものが好まれます

昭隠和尚は大徳寺聚光院の住職をされた方です

聚光院には利休居士と三千家歴代宗匠の墓があります

 

中置 小板

釜  雲龍  浄清造

風炉 紅鉢  宗萌造

水指 三島手細

 

 

中置 大板

 

中置 五行棚

五行棚は裏千家十一代家元玄々斎宗匠が好んだ棚で陰陽五行説に因み、天板・地板の木、風炉中の炭の火、土風炉の土、釜の金、釜の中の水で木火土金水全てが棚の中にあります

五行棚の天板と地板は焼杉で柱は白竹の三本柱で客付は二節、勝手付は三節、向うが一節になっています 客付の陽に偶数の陰、勝手付・向う(北)の陰に奇数の陽なのでしょうか

向うがなぜ北なのかというと、その昔、安定した光のもとで道具を拝見するために床は北向きで窓が無く、明りは出入口の障子越しの明りだけだったそうです それが利休居士によって床は南向きになり、窓が開けられ、光の変化を取り入れたとされています つまり、亭主は北を向いて点前をすることになり、亭主の向うが北になるからです